小春日和

主婦ライフワーカー(三歳児ママ)の日常

1歳1ヶ月~2ヶ月の頃

この頃、ベビーサインを自分で編み出し始めていました。主に手歌遊びから発生したんですが

お弁当の歌=ふきのポーズ
きらきら星=手をひらひらさせる
ぐーちょきぱーの歌=手をぐーぱーぐーぱする
アイアイアイアイヤッホホー=両手でバイバイする
からすのパンやさんの呼びかけの台詞=人差し指を立てる

などなど、、、寝る前にどんどん連発してきてこちらが当てるとにたにた笑い転げて、違うととキィー!と怒ったりしていました。

また型はめのオモチャでどの穴に入るか探しながら入れるようになったり、シールをつまんで貼ったりすることが出来るようになりました。

大きいビーチボールを両手で持ち上げて投げたり転がしたり、こちらから転がすと立ち上がってくれたりと動きも活発になりました。

絵本は自分で開いて見たり、読んであげると気に入ったページを探してめくるようになりました。

クレヨンで絵を描いているときに青色を持っていたので「あ、お」と教えたらあおと言えるようになって、♪どんな色が好き~?と歌うと「あお!」と返してくれるようになりました。


出来ることも増えましたが離乳食ではお皿をひっくり返したり落としたり投げたり…
その様子を写真に取って私の母に見せた時、私は小さい子がご飯を食べる時にお皿を投げたりするのってよくあることだと思っていたので大変になってきたよーくらいの気持ちで話したんですが、それを聞いた母は「駄目なものは駄目って教えなきゃ駄目だよ。昔は手を叩いて教えたよ?」とか「そんなことうちの子はしなかったのに」「母乳ばっかりになってるからじゃないの?もう断乳考えないと」と結構真剣に否定してきました。

そういえば私は小さい頃本当にご飯が嫌いだったなぁということを思い出しました。白米をいつも詰まらせておえぇぇーって言っていた記憶…母がお肉が苦手なのと、祖父母と暮らしていたのもあって実家の食事は主に和食でした。出てくるひじきやいわし、おからなど「食べなきゃ駄目!!」って怒られるから詰まる白米と一緒におぇぇーーって益々嫌いになったんだなぁって。私や家族の健康のために考えてくれたメニューに感謝なのですが、味も含めて苦い記憶です。

食事に限らず私は何回駄目って言われてきたんだろうか…すでに今駄目って言われてまた否定されたし…いや育児への考え方って様々で、私の母のような考え方の人もいると思うし、それに倣うのが良いかもしれないんですけど…こうやって駄目駄目いわれるのってやっぱりしんどいなぁと思いました。

話を変えようと思って娘に男の子の服を選んだ話もしたんですが(ピンクの女の子の服も可愛いですがあえて男の子系の服もボーイッシュになって可愛いのがあって)
「将来、お母さんの考えってやだなーってことをおじいちゃんおばあちゃんに告げ口するようになるよ」とか訳のわからない切り口で切り返してきました。

 

やー落ち込んだ。
そういえば昔私の考えと母の考えが合わなくて祖母に相談したら祖母が母に説教したらしく
母が私に怒って夕飯の時に私にだけよそらない、沈黙の夕飯抜きで睨まれた時期あったなーと思い出しました。

 今この離乳食の話を否定された時も祖母ならなんて言ってくれるかなーって思っちゃったりして、相談でもしたら母は切れるんだろうなーとやめました。

駄目って言われるとどうして?駄目なのかな?って肯定してくれそうな人に意見を聞いてみたくなってしまうというか。


駄目なものは駄目、ばかりの教育って私には合ってなかったというか…母とはそういう溝を感じました。子育てを始めたとき、されて嬉しかったことと、されて悲しかったことをふつふつと思い出していくので、実母にすべて相談できる、頼れるって訳でもないんだなーと。

昔、おねしょがなかなか治らなくて自分でもどうしていいか分からなかった時、気持ちがズキズキ暗くなるような嫌味を睨みながら言ってきた母の顔は今でも忘れられません。だから娘がそうなっても責めないであげようと思ってしまいます。

こんなもやもやなやり取りがあっても、しばらく時間が経てば何もなかったかのように普通に仲良く戻っています。ぐちぐちした日記になってしまったのですがほんの一部の溝の話で、嬉しかったことの方がたくさんあります。

母は私のたった一人の母親であって、私にたくさんのことを教えてくれ、育ててくれた大切な人には変わりなくて感謝しています。だからこどもにとっての母親って存在は本当に大きいですね。

けして自分の考え方が正しいと思っていないし、思っていないから迷って相談してを繰り返していますが、離乳食が進まないのってまじでつらいですね。